模倣全時空記憶集積回路

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AMWEBオンリー:観測の心得[短編小説]

目次

明滅

私は明滅するモニターを見ながら出力される不思議な文字と思しき羅列を読み解いていた。その部屋にはモニターが30台程度並んでいて、そのうちの半分ぐらいのモニターを私と同じ制服を来た人々が私と同じように眺めている。ここでの日常的な風景であった。

私の隣で出力を必死に眺めながらメモをとる男がいた。彼は星野という私の同期だ。出力の解析能力に長けていて的確に成果を上げる、我々の所属する組織の中でホープのような存在の人物だ。

しばらくして終業のブザーがなる。今日の仕事はここまでだ。私は星野に声をかけて労をねぎらった。

「今日はまた一段と集中していたな。何か面白い出力でもあったか?」

星野は、私のねぎらいを煩わしそうにしつつ返答する。

「藤田か。ポイント丘に特定の入力をしたところ興味深い返答があった。帰ってから整理する。」

煩わしそうな割にはちゃんと返事をする所は憎めないやつだ。

「そうか。あのポイントにまだ何かあるとはね。俺はポイント河を眺めていたがさっぱりだった。」

「眺めているだけでは何もわからないぞ。石を投げ入れて波紋を起こさなければ単なるノイズだ。それではなんの成果も得られない。」

「そう言うが、お前も上からの指示は聞いているだろ。エリアへの直接的な干渉は極力控えろって話だ。最近起きてる失踪事件が絡んでるって噂まである。従っておいたほうが無難だぜ。」

「上は何もわかっていない。君はそれでいいかもしれないが空虚なノイズを眺めてるような生き方はゴメンだな。」

そう言うと、星野はルームに戻っていった。彼の言う生き方とやらを漠然と考えながら私も自分のルームに戻った。

 

端末

私がこの組織に入って、例の出力を眺めつつ意味のあるものをつなぎとめて記録する仕事を始めて1ヶ月程度。もともと大学院を修了して研究の道にすすむかどうか決めかねていた時に巡ってきたのがこの仕事だった。

それは10年ほど前、世紀の発見として報じられた。ある国の遺跡から出土した、いかにもオーパーツめいた電子的な出力をする液晶のような平たい物体。一見して全く意味がわからない出力だったが、そのただならぬ雰囲気から多くの学者がこの出力の解析に乗り出した。

結果、竹原博士という学者がこの物体が俗にアカシックレコードと呼ばれる情報を保持し出力する遺物であるということを提唱する。彼が言うにはこの遺物の通して万物を理解できるらしい。ただ出力内容はこの世界の言語ではないため、内容が解読できればという条件がついている。

その後、様々な論争が巻き起こり、この遺物の所有権を巡って大国の戦争になりかけたが、最終的に国際機関が共同管理し、その恩恵を全人類が享受するということで折り合いがついた。それが私の所属する機関UNCDAである。と言っても、私が所属するのはこの機関の下部組織だ。遺物は国際機関が管理する場所もわからぬ施設に格納され、出力情報が電子的に変換され各国の下部組織の端末に転送される。そこの職員がこの情報をもとにまだ見ぬ叡智を発見するという活動を行う。

UNCDAが発足した当初はかなり世間でも騒がれていて人類の未来は明るいとか言われいた。2年ほど前の話だ。当時は国もかなりの知識的精鋭をかき集めてこの組織を組み立てたらしい。が、わかっていたことだがそんなにホイホイと成果が出るわけもなく、更に事件があって世間的には物議を醸していた。これが3ヶ月前。そんな中、この組織の追加人員の招集が国からあった。私はこれに乗っかったというわけだ。

 

干渉

「ポイント丘の出力を見ているが全く有意な情報はないな…」

翌日、星野が収穫が合ったというポイントでモニターの出力を眺めていた私だが、そこにはノイズのような出力が断続的に出力されているのみだった。

「だから何かしらのインプットを与える必要があると行っただろ。有名な神田さんもこの方法で有意な情報を得ていたと聞いている。」

今日も隣で忙しくメモを取っていた星野が声をかけてきた。

「神田さんってあれだろ…ウチの支部で唯一の遺物の解析成功者で精神理論をそれをもとに作り出したっていう。俺も元々そっちの研究やってたから知ってるけど、神田さんはその後謎の失踪を遂げてて、遺物のせいって話まで噂されてるんだぜ。上のお達しもそのあたり絡んでるんだろ。まあ、金が手に入ったからトンズラしたってほうが現実的だけどな。」

「その噂を真に受けるのはどうかと思うが、彼が積極的な遺物への干渉とその変化の観測をもとに理論を導き出したというのは事実だ。その方法があるなら使わない話はない。」

神田博士はこの国のUNCDA支部の初期創設メンバーで暗号解読のエキスパートだったらしい。彼は遺物に対して出力とは逆方向の電子的な入力を繰り返していたようで、その結果かどうか定かではないが、最終的に巨万の富を得られる理論を抽出し、そして突然なんの痕跡もなく失踪している。

UNCDAの初期メンバーはこの人に限らず、実は最初期の30名の全員が失踪している。これが社会的に物議を醸している理由であり、大学院を出てなんの実績もない俺がこの組織に所属できている理由だ。何しろメンバーがほとんど居なくなってしまったのだ。このところの組織は常にメンバー不足であった。

「端末を貸してみろ、丘に対して星のアクションを取れ。ほら、出力パターンが変わっただろう。」

星野がそう行って端末に他国で解析された星を意味する信号をインプットすると、出力が一変した。確かにノイズではない。

「なるほどな。確かにこれを繰り返せば何かしらのパターンが導き出せそうだ。しかしそうならなんで上はこれを制限するんだろうな…」

「何故かは分からん。しかしこの出力は前と違うな。…どういうことだ。これは私のシグナルではないか?」

「お前のシグナルってどういうことだ?確かに出力のパターンが一定の内容を繰り返している…」

シグナルはこの組織に所属したとき渡された個体識別のための電子的なパターンだ、端末から遺物に接続する際にこのシグナルを提示しなければ接続ができない。仕組みはよくわからないが生体認証のようなもので個人からシグナルが生成されているらしい。

どうやら、星野が言うには出力結果のパターンが、星野のシグナルと同一のものだということだ。こんなことは今までなかったということだ。

星野は困惑しながらも、自分の端末に戻って出力作業を継続することにしたようだ。私はインプットの効果を体感しつつも結局上の指示に従いまたノイズのような出力を眺めてこの日の作業を終えた。

 

星降

翌日端末エリアに足を運んだが、そこに星野の姿はなった。どうしたものかと思いつつ自分の端末にアクセスすると、突然見知らぬ女性が声をかけてきた。

「あなたは星野さんと一緒に活動されている藤田さんですか?」

彼女はそう言うと端末の近くの椅子に腰を下ろした。

「ええ。一緒に活動をしているというわけでもないですけど。よく使う端末が隣というだけで。で、俺に何か用でもありますか?」

「突然失礼します。UNCDA事務局の大江と申します。昨日この端末で星野さんの操作から異常値を検出しまして、本日星野さんの所在が不明となっているため、この端末の操作ログからあなたに声をかけました。どういった操作をされていましたか?」

確かに俺の端末からあいつが操作してたな…と思い出す。ごまかしてもいいが、事務局らしいし嘘がバレると面倒なので正直に答えることにした。

「あいつが俺の端末でエリアに対する入力を試したんですよ。そしたらなんか自分のシグナルが帰ってきたとかで。他になにもないんですけどね。」

「なるほど…では出力に自身の情報が含まれていたと…」

突然重々しい雰囲気になった。彼女は深刻そうな表情でこちらに話しかける。

「実は、数日前から星野さんの情報が世界各国の支部から検出されていまして。で、本支部でも検出が合ったので、こうして調査に乗り出しているわけですが、彼は頻繁にエリアへのインプットをしていたといった情報をお持ちですか。」

どきっとする。まさに上から言われている指示を無視していたのかと聞かれていて、星野をかばうべきか頭の中で思考が駆け巡る。

「昨日、一昨日と多少インプットはしていたみたいですけど、頻度は流石にわかりませんね。」

「そうですか。わかりました。」

彼女はそう言うと椅子を立ち去っていた。

星野の失踪と突然の事務局を名乗る女の詮索に動揺していた。確かにあいつは遺物へのインプットとそれによる出力変化から何かを得ようとしていたが、インプットに何があるのか?という疑問が頭の中に湧いていた。

私はふと、昨日と同じ操作を確認したくなった。同じ操作をやれば同じ出力が返ってくる。基本的な原理だ。もちろん時間も操作者も違うが何かしら起こるだろう。そうしないと疑問が頭を巡って変になりそうで、端末に手を伸ばしていた。

「ポイント丘に到着。星のインプットは…これだ。」

インプットをすると出力が変化する。ノイズのような出力が制御された文字列となり目に映る。しかし、それは昨日見た星野のシグナルとは違うものであった。

文字列を目にして数秒脳内に鮮烈な映像が流れる。これは星空の下に広がる緑の丘。まさにポイントへのインプットの内容そのものである。そこには見たこともない装束の人々が立っている。

私は丘の上に立っていた。言語は判別できないが何かしらの音声が脳内に直接響く。あっけにとられていたとき、私は人々の一群の中にその顔を見た。星野だ。間違いない。

突如、目の前が薄暗い空間へと引き戻される。目の前にはノイズのような出力の羅列に戻った端末がぼんやりと光っている。

「何が起きたんだ…」

私は呆然としていた。流石に電子的な出力を眺めているだけでこんなことになるなんて想像を超えている。しかも星野が見えた。あいつはどうなったんだ。

焦りつつ、端末に星のインプットをもう一度繰り返してみたが反応しない。何度もやってみたが、あの1度きりでその後同じことは起きなかった。

 

遷移

あの後、ルームに戻ってその日の経験を振り返っていた。人智を超えている経験で恐ろしいものに手を出してしまったのでは無いかという恐怖がある。とはいえあの遺物の解析が自身の仕事であり、超常的な現象に遭遇するのも仕方がないという割り切りのようなものもあった。

翌日、いつもどおり端末に入ると、通達という形で上からの指示が提示される。

曰く、今まで制限されていた端末に対するインプット操作だけでなく、端末から出てくる情報に対するメモをとるなどの一切の記録を禁止するということだ。

流石に理解ができない。一切の記録をせずに有意な情報を抽出などできるわけがない。そもそも有意な情報の抽出すら記録に当たるのではないかという疑念もある。

そもそも私が上と認識しているUNCDAの本部組織は、この通達でしか指示を出してこないし、昨日突然現れたUNCDAの大江とかいう人物も初めて会ったような具合である。執務にあたり基本的には現場のメンバーに必要な情報は聞いてきた。

私は同期の星野と着任当時指導役をしていた鈴木の2名からほぼ情報を得ていた。よく考えると鈴木も着任後1月で転属だか何かで居なくなっていて、星野も居なくなった今この状況を正しく把握する手段が存在しないことに気づく。

私は端末室を見渡して似たような状況になっている人間が居ないかを確認しようとした、その時異変に初めて気づいた。いつもどおりその部屋は30台ぐらいのモニターが出力を繰り返して光っていたが、それを眺めている私と同じUNCDAのメンバーが1人もいない。

私は困惑しあたりを見渡した。ルームに向かう廊下や他のエリアに誰かいるかも知れない。探しに行こうと席を立とうとすると、見たことのある初老の男性が突然現れて声をかけてきた。

「君はどうやってこのポイントにたどり着いたんだい?」

見たことがある理由は、彼と同じ分野の研究を元々していたからだ。彼は失踪していた神田博士と同じ顔をしていた。

「あなたは…神田博士ですか?初めまして。質問の意味がイマイチわかりませんが、私はUNCDAの職員で、ここはUNCDAの職務エリアですので遺物の解析のために来たのですが、他の方々はどちらに行かれたかご存知ですか。」

見たことがあるというだけで確認もなくペラペラと話すのはちょっと無警戒すぎるかと思ったが、混乱の中でこの人物にしか頼る手立てがないので切り出した。

「ふむ。この状況をあまり理解していないようだ。君はどの宇宙の出身かな。言語が通じている感じからすると私と同じ西新井の民か?アクセスは星のサイン?西新井の民は天界の術を知らないはずだが…」

「あの…一体どういう意味でしょうか?正直言っている意味がさっぱりわからないです」

初老の男性は不思議そうな顔をしたかと思うとはっと気がついたように顔を変えてこちらを覗き込んだ。

「なるほど。どうやら君は知らずに迷い込んでしまったようだね。ここに見覚えがあるなら同郷のようだ。このポイントは私の占領プレイスだから安心してくれ。私の出自に合わせてある。」

初老の男性はあっけにとられている私の顔を見つめながら続ける。

「どうやら別の人物の記録遷移に巻き込まれたようだね。同郷であれば話は早い。送り返してあげよう。ただ、あの宇宙に愛着があるのであれば、あまり例の遺物には関与しないほうがいい。アレは並行宇宙をつなぐ分岐点へのバックドアみたいなものだからね。触ってると元の宇宙から存在が消えてしまう。」

正直言っている意味は全く理解できなかったが、どうやら例の遺物に関与すると存在が消えてしまうらしいということは把握できた。例の失踪の話とも合致する。

「消えてしまうというと、私の知人の星野という男を知りませんか。先日居なくなってしまって、その手がかりを探していたらここに来てしまったのです。」

「その男は知らないが、本当に消えてしまったのであれば諦めてくれ。私のようなシステマーと相対しているならともかく、どこかに遷移したメモリーの投射されている宇宙を変更するのは困難だ。」

「そんな…」

「君の世界では遺物を通してメモリーの参照は可能なはずだ、星野という魔人の活躍を観測してあげてくれ。システム内での評価が上がればひょっとすると君のいた宇宙に遷移してくるかもしれない」

「わかりました…」

「では君の宇宙に送り返そう。もしまた機会があったらよろしく頼む。」

気がつくと、私は自分の端末の椅子に座っていた。あたりを見渡すと、普段どおり私と同じ制服を来た人々がモニターを眺めている。

端末には上からの記録の禁止の通達が表示されていた。この部分は本当だったらしい。夢のような話だが神田博士らしき男の言葉が正しいなら、変に関与すると存在が消滅してしまう遺物であるならばこの通達もあながちおかしくはないのかもしれない。

 

静寂

翌日から私はまたモニターに映る出力を観測していた。例の事件のあと1ヶ月ほど経過し、新しいメンバーが補充された。実は星野の件の近辺で私の同期はあらかた失踪してしまったらしい。もちろん理由は明かされていない。
ただ、通達の効果もあったのか新しいメンバーについては失踪するメンバーは殆ど出ていないようだ。

私は、この仕事で知り合った知人を失ったということにショックを憶えていたが、知った顔が少ないからと言い聞かせて、周りの観測者に声をかけて各メンバーの名前が認識できる程度の交流は取るようにした。数少ない古株としてそれなりに評価もされている。

しかし、例の事件については誰にも打ち明けられていない。単なる妄言とされるのが嫌だったし、失踪という暗い話題を出すのは憚られたからだ。そうして月日が経っていった。

 

私はいつもどおり端末室でモニターに映る出力を眺めていた。いつもどおりのノイズまみれの出力で何の成果も得られない。最近、世間ではUNCDAの意義そのものが問われているらしい。過去の功績はあるとはいえ、何の成果もだしていない活動に有望な人材を投入するのはどうかという話だろう。

ふと、出力の中で見覚えのある配列に目がつく、これは…星野のサインだ。
そっと涙がこぼれ、星野の存在を観測した。

 

 

あとがき

このような自己満足な極みの作品を読んでいただきありがとうございます。

この話は、昨年末から本年初にかけて開催されたポレン9や、現在アンディーメンテで進行しているヘビーレインズを読んで感じたことをベースに、ややSCPっぽい風味を混ぜてつくり挙げられたお話です。 

この感じたことは、直接的には説明できないのですが、過去の泉和良作品でも度々発生している事であり、僭越ながら私が過去に書いた以下の記事をご参照いただければなんとなくはご理解いただけることかと思います。

am-venedic.hatenablog.com

今、ヘビーレインズはストーリーが活発に進んでいるので様々な観点で良い作品になるといいなと心から願っています。それではまたどこかで。